2018年7月26日、 独立系投資会社ロングリーチグループ(以下、「ロングリーチ」)及び 富士通株式会社(以下、「富士通」)は、ロングリーチが運用する投資ファンド傘下にある投資主体が保有 する特別目的会社である FC ホールディングス合同会社(以下、「公開買付者」)が、富士通コンポーネント 株式会社(東証 2 部: 6719、以下、「富士通コンポーネント」)の普通株式に対し公開買付け(以下、本公 開買付け)を開始することを発表した。富士通コンポーネントは、リレー等の電磁部品、コネクタ等の接続部品及びタッチパネル・キーボード等の 入出力部品並びにその他電気応用機器の製造販売を主な事業内容としており、足許においては、国内外 の車載分野の需要増に伴い車載用リレー、車載用コントロールユニットが売上成長を牽引している。本件買収後にロングリーチは北米・アジアなどでの海外展開を加速する方針であるという。
ロングリーチグループはグループチェアマンであるMARK CHIBA氏が、代表取締役である吉沢氏らと立ち上げた独立系のPEファンドである。両名に加えてパートナーの杉本氏も投資銀行の出身である。一般的にPEファンドのメンバーは元投資銀行か元経営コンサルティングファーム出身者で構成されることが多いが、ロングリーチグループの場合には投資銀行出身者が主体であると言える。また吉沢氏とパートナーの杉本氏ともにモルガン・スタンレー証券(現三菱UFJモルガン・スタンレー証券)のテクノロジー部門に在籍していたことから大手電機とのリレーションシップは強い。実際、三洋電機から三洋電機ロジスティックスの買収や、日立製作所から日立ビアメカニクスの買収などの大手電機からのカーブアウト案件を多数手がけている。
本件の特徴はそのストラクチャリングだろう。富士通は保有するコンポーネントの発行済株式数の76.6%を935円(11.2%プレミアム)の公開買付けで応募せずに、約6ヶ月後に765円(9%ディスカウント)で富士通コンポーネントの自社株買入にて売却する。なぜ富士通は公開買付けで売却しないのだろうか?
本公開買付けにおいて、公開買付者は、富士通コンポーネントの普通株式を1株あたり935円で買付けます。…(中略)…本契約に基づき富士通は本公開買付けには応募せず、同社の 保有する約76.6%の富士通コンポーネント普通株式の半数については、本公開買付けの成立を経て実施 される株式併合の効力発生後に、富士通コンポーネントが1株あたり765円の自己株式取得(以下、本自 己株式取得)を行う予定です。(出所:公開買付け開始のお知らせ)
一般的に上場子会社を買収する際には、買い手は上場子会社の親会社(及び主要株主)と事前に株式応募契約を締結し、公開買付け時に他株主と同時に応募して売却する。なぜ今回はこのような一般的な形を取らずに、富士通が半年後に売却する形になったのか?
明確にこのストラクチャリングの必要性について言及された資料はないが、おそらく「高すぎる」市場価格に対処するためのストラクチャリングであろう。想定される価格決定のメカニズムは以下の通りである。
- 買収に際してロングリーチグループとして富士通コンポーネントの株式価値の評価は一株当たり804円程度(下表の加重平均価格に基づく)、株式価値としては11,773百万円程度と算出
- しかし、804円は株価を下回る水準、公開買付けで買い取るためには市場価格にプレミアムの付与しないと買付けられない
- そこで公開買付け価格はプレミアムを乗せた935円としつつ、富士通株式の買取価格を765円に調整する事により、買い手であるロングリーチとしての平均買取価格は804円程度とする
- 公開買付けに際しては6ヶ月間の取引は一連の取引として基本的には同一価格での買取を求められため、6ヶ月が経過した後である翌年1月頃に富士通の持ち分を買い取る
2018年7月25日終値 |
841円
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公開買付け価格 | 935円 (11.2%プレミアム) |
富士通の売却価格 | 765円 (9%ディスカウント) |
加重平均買取価格 |
804.78円 (4.3%ディスカウント)
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加重平均価格に基づく株式価値 | 11,773百万円(=14,629,626 x 804.78) |
注記; 加重平均価格は富士通の公開買付け価格と富士通の売却価格を株式数の比率で加重平均したもの 加重平均価格に基づく株式価値は算出された加重平均価格と2018年6月30日時点の富士通コンポーネントの発行済み株式数である14,626,626株をかけたもの |
今回のストラクチャリングの背景は、富士通コンポーネントの株価が売り手である富士通と買い手であるロングリーチグループが考える適正株価(上記加重平均価格近辺)よりも市場株価が高い水準にあるという問題である。実は同様の問題がこのような上場子会社の売却に際しては散見されている。近い例としてはKKRによる日立国際電気の買収である。最終的には買収に至ったものの、事前の買収報道や好調な業績を背景に日立製作所とKKRで合意していたTOB価格を市場価格が上回ってしまうような状況に陥っていた。
今回のストラクチャリングはPEファンドによる買収に限らず、上場子会社売却に際して株価が割高な状況に対する一つのソリューションの典型になる可能性がある。前述の通り投資銀行出身者が多いロングリーチグループがストラクチャリングに長けていることを示す代表的な案件になるだろう。
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